昨日の仕事は先日出場しました、テレビアマチュアゴルフ選手権!のスタジオのナレーション録り。その仕事の前に9日に若くして亡くなってしまった、故・前田竹千代君の告別式に参列してきました、会場にはチャンバラトリオさんの舞台の録音が流れいて、竹千代君が笑いをとる度に、逆に寂しい思いが胸につのりました・・
竹千代君の御冥福を心からお祈り致します。
最近親しかった人が若くして無くなる事が多くて・・竹千代もそうですが、ゴールデンカップスのデイブ平尾さんも、昔からの友人で悲しい寂しい思いをしています、デイブ平尾さんの御冥福も合わせ心からお祈り致します。
実は先日、ある後輩芸人さんから初めて電話が掛かって来まして、内容を聞きますと!
以前、僕とゴルフを一緒にした人が、入院中で余命が本当に少ないのですが・・ベッドの上で事有ごとに巨人さんとゴルフをした事を楽しく話され、又家には一緒に写した写真を飾られているのですが、
最近は少し元気が無いようで、巨人兄さんにお見舞いに来て頂けたら、本人も喜ぶと思いますので、お見舞いに来て貰え無でしょうか?
と言うお願いだったので、その電話の2日後に、僕のネーム入りボールと仁寛のドラコンの本を持って、サプライズでお見舞いに行って来ました。
僕が顔をのぞかせると、ビックリしながらも笑顔に成って下さり、渡したボールを握りしめて『元気がでるわ!パワー貰えるわ!』
ご家族の方も久々にお父さんの笑顔を見れた!って喜んで下さったのすが・・
先週、永眠されたと聞きました、この方もまだ五十代の方で・・本当に神様って居るのかなぁって・・
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私も昨年の秋、仲良くしていた仕事仲間が、出張先の宿泊先で亡くなりました。
彼も32歳という若さでした。
竹千代さんも、小さい頃から楽しみにして見ていたので、今でも笑顔が思い出します。
御冥福をお祈りします。
あにめさんの32歳の方も若くして、、、、
竹千代さんもこれから円熟さがでていい感じでしたのに、私も7月に57歳の兄が急死してガックリ!
身体の日々の管理や思考の大切さも巨人さまを通じて、いつも感じます。(これは巨人さまありがとう!です)
ほんと、ご冥福をお祈り致します。
…何だか、涙が溢れてきました。
あぁ、悲しいなぁ(´Д`)
『神様』って…何なんだろう。。。
こういうのんびりした日には、いろんなことを
思い出します。
若い方が亡くなった時、私は神様にその才能を
愛でられ、神様が自分の片腕として仕事を任す
為にそばに置きたくなったんだ、と思うように
しています。
ご冥福をお祈りいたします。
私も3年前に、直前まで行ったので他人事ではないですが…今、後遺症がないのが信じられないくらいです。
だから、普段は特に思わないですが…こういう話になると、神様はいるって思いたい自分がいます(^^)
皆さんのご冥福をお祈りします。
ほんとにまだお若いのに残念でなりませんね…。
毎日を大切に生きたいと思います◎
残念ながら、神様はいらっしゃらないようですね。
もしいらっしゃったら、
阪神大震災や、凶悪な事件、悲惨な交通事故、
これらが何故起こるのか説明出来ませんものね。
僕の両親も晩年は悲惨な闘病生活でした。
神様なんか居ないんだと思いました。
結局、神様なんて頼らずに、
僕達ひとりひとりが手を取り合って
頑張って行くしかないですね。
それが本当の神様からのメッセージなのかも。
今、丁度、親父が闘病生活をしています。毎週親父の病室へ顔を見に行ってますが、様態は益々悪くなっています。心臓病で、手術を繰り返しましたが、今日、主治医から、『とうとうこの時が来ました』と言われ、ショックでたまりません…。家族の為に頑張ってきた真面目一筋な親父でした。何も出来ない自分が、辛く悔しいです。親父の残り少ない人生を、見届けなければなりません。神様、お願いします!親父を助けて下さい!
って思う次第ですね…。
おいらの父は、おいらが12歳のとき、36歳で亡くなりました。父の父(祖父)は牧師をしていた人でした。その祖父もそれをきっかけに認知症(痴呆)の症状が出始め、祖母に暴力を振るうようになりました。
幼いながらも神様はいないと思いました。
正直、いまは神様がいるのかどうかわかりません。
必ず誰にでも来る「死」というものがあることをときどき意識しながら、一日一日を生きていくしかないのかな、と思ったりしています。
生意気なこと書いてすみませんでした。
私も重度の障害のある息子を育て、いろんな坂を乗り越えてみましたが、その息子に私が育てられたような気がしてなりません。
若くして亡くなられた方の事を思うと、一日一日を大事に生きなっくちゃ〜
私は今、二児の母をしています。
神様って…の題名にはじめてコメントを打たせてもらいました…。
辛いことばかりじゃないですよね、確かに人間皆平等じゃないかもしれませんけどこうして今自分の横で寝ている子供が愛しく、神様に感謝しています。
亡くなる命があるからこの世に誕生する命もある。
今、自分の子供が健康で何不自由ない暮らしができてるから偉そうに言えるのかもしれないですが何か悲しく思ってしまったのでコメントしてしまいました。
本当に、早逝される方が多くて、寂しく悔しい限りです。
私の仕事、酒の師匠だった社長も53歳の若さで逝ってしまわれました。腎臓でした。
私も青年期に神様仏様を探しに旅に出た事が有ります。
その時に書いたエッセイ送ります。
「祈る形は胎児の姿」
秩父三十四か所巡礼の旅に出た。
爽やかな春の風が吹く午後だった。
長い石段をやっと登り終わり、本堂へと向かった。
中年の女性が手を合わせ、一生懸命に願いごとをしている。
息が切れていたので済むのを待つことにした。
いくつもの寺を巡ってきたが、
人の祈る姿をしみじみ見たのは初めてである。
時と場所を越え、世界中にはいろいろな宗教が有るが
その祈る形は、ほとんど皆同じだ。
その形をどこかで見た事がある。何かに似ている・・・・・・。
「そうだ。胎児の姿だ。」
成長するにしたがって、忘れてしまいがちな親と子の関係を、
神様や仏様は、そっと補ってくれていたのではなかろうか。
祈る形の意味を考え、親のありがたさに気づいた。
観音様がニッコリとされたのは、気のせいだったのだろうか。
現在54歳、親の介護をして12年に成りますが…。
青年期のこの「気づき」が現在を支えてくれて居ると感じて居ります。